脳卒中後の「見えない障害」:高次脳機能障害の症状とご家族のサポート方法
脳卒中(脳梗塞や脳出血)のリハビリというと、手足の麻痺や歩行訓練などをイメージされる方が多いかもしれません。しかし、外見からは麻痺などの後遺症が全くない、あるいは順調に回復しているように見えるのに、ご自宅に戻られてから「なんだか以前と様子が違う」「怒りっぽくなった」とご家族が戸惑うケースが少なくありません。
これは、脳卒中によって脳の高度な情報処理機能がダメージを受ける「高次脳機能障害(こうじのうきのうしょうがい)」と呼ばれる症状かもしれません。今回は、この「見えない障害」への理解と、ご家庭での適切なサポート方法について、リハビリテーション専門医の視点から解説します。
■ 高次脳機能障害とは何か?
私たちの脳は、ただ手足を動かすだけでなく、言葉を理解する、物事を記憶する、計画を立てる、感情をコントロールするなど、非常に複雑で高度な働き(高次脳機能)を担っています。例えるなら、手足が「コンピューターのキーボードや画面」だとすれば、高次脳機能は「コンピューターの頭脳(CPU)」にあたります。
脳卒中によってこのCPU部分が損傷を受けると、身体自体は動くのに、状況を正しく判断したり、順序立てて行動したりすることが難しくなってしまうのです。
■ 日常生活で現れる4つの主な症状
高次脳機能障害には様々な症状がありますが、代表的なものは以下の4つです。
- ① 記憶障害(きおくしょうがい): 昔のことはよく覚えているのに、ついさっきの出来事や、新しい約束を忘れてしまう。「何度も同じことを聞く」「物をどこに置いたかわからなくなる」といった症状が現れます。
- ② 注意障害(ちゅういしょうがい): 一つのことに集中し続けることが難しくなります。周囲の気が散りやすく、仕事でミスを連発したり、コンロの火を消し忘れたりする危険があります。また、二つのことを同時に行う(ながら動作)ことも苦手になります。
- ③ 遂行機能障害(すいこうきのうしょうがい): 物事の計画を立て、順序よく実行することができなくなります。例えば、「冷蔵庫の残り物から献立を考えて料理を作る」「複数の買い物を効率よく済ませる」といった、以前は当たり前にできていた家事や仕事が難しくなります。
- ④ 社会的行動障害(しゃかいてきこうどうしょうがい): 感情のコントロールが効かなくなり、些細なことで激怒したり、逆に無気力になったりします。ご家族が「性格が変わってしまった」と最もショックを受けやすい症状でもあります。
■ 「見えない障害」ゆえの苦悩
高次脳機能障害の最も厄介な点は、「外見からは分かりにくい」ことです。そのため、周囲からは「サボっている」「やる気がない」「自分勝手になった」と誤解されがちです。患者様ご本人も「なぜかうまくいかない」という苛立ちを抱え、ご家族も疲弊してしまい、家庭内で衝突が起きてしまうことが少なくありません。
まずは、ご本人もご家族も「これは性格の問題や本人の怠慢ではなく、脳の損傷による『症状(病気)』である」と正しく理解することが、支援の第一歩となります。
■ ご自宅でできるサポートと環境調整
高次脳機能障害のリハビリは、失われた機能を無理に取り戻そうとするよりも、「環境を整えて、生活しやすくする(代償手段の獲得)」ことが重要になります。
- メモやカレンダーの徹底活用: 記憶を補うために、スケジュールは大きなカレンダーに書き込み、常に目につく場所に貼ります。スマートフォンのアラーム機能やリマインダーを使うのも非常に有効です。
- 情報をシンプルにする: 注意が散漫になりやすいため、話しかける時はテレビを消すなど、静かな環境を作ります。指示を出す時は「あれをやってから、これをして」と一度に複数頼むのではなく、「まずはこれをやってね」と一つずつ短く伝えます。
- 物の置き場所を固定する: 「ハサミはここ」「お薬はここ」と定位置を決め、引き出しにラベルを貼るなどして視覚的にわかりやすくします。
■ まとめ:一人で抱え込まず、専門チームに相談を
高次脳機能障害は、ご家族だけで抱え込むには限界がある非常にデリケートな障害です。「もしかして?」と思ったら、決して一人で悩まず、主治医や医療相談員(MSW)、担当の作業療法士・言語聴覚士にご相談ください。
各都道府県にある「高次脳機能障害支援センター」などの専門機関と連携しながら、ご本人が自分らしく、そしてご家族も無理なく笑顔で暮らせるような生活の仕組み(ライフハック)を一緒に見つけていきましょう。